私が整体師を志した理由は、自分が長年苦しんだ持病の偏頭痛のことが大きく関わってきます。

私は小学低学年の頃、突然何もしていなくても頭が痛くなり、この世の人たちはみんな頭が痛いのを 我慢していると思い込んでいました。それほど、日常的に頭が痛かったのです。中学生になって何となく友達に、毎日頭が痛いよな?と聞いたところ、全然痛くないと返され 人は皆、頭痛を我慢して生きていくのではない、日常的には頭が痛くならないものだと 知ってとてもショックを受けました。

中学生からギターを弾くようになりました。左手を早く動かすと頭の右上がえぐられるような痛みがありましたが、気にせずに続けていました。 鎮痛剤を飲めば一時的には痛みは取れましたが、消えることはありませんでした。

どんどんと痛みは酷くなり、病院へ行きレントゲンを撮ったり色々調べても原因が解りませんでした。小説も読むようになり、三島由紀夫やドストエフスキー、サリンジャーが好きでした。頭がすぐ痛くなるので休憩を取り、我慢しながら読みました。

高校生になると、何かに集中すると2時間ほどで頭が更に痛くなりました。 ギターを弾いて感じる痛みもどんどん酷くなりました。何とか我慢して大学に行きましたが、勉強が出来ないくらいの頭痛で大学を辞めざるを得ませんでした。

その時に私が思ったことは、「知らねえよ」です。知ったこっちゃねえ、こんな理不尽なことがあるか、と。

友達にも言われたのですが、私は当時何かにつけてずっと頭が痛いと言っていたそうです。病院で調べても原因が解らないし、痛みはひどくなる一方でしたので、ちょっと意味が解りませんでした。 自分で調べて頭痛対策を取っても何も効果はありませんでした。

その後何とか東京で働いていたのですが、頭が痛くて本も読めない、楽器も弾けない、電車にも乗れなくなりました。

原因不明の頭痛で自分の選択肢が狭まるのがとても嫌だったのを覚えています。結果的には、実家の新潟に帰りました。

頭痛を早く治して働こうとしたのですが、もう一度病院へ行っても調べてもやはり原因が解りませんでした。 病院を変えてみたり、針治療や漢方などと自分でも色々努力したつもりですが、まったく良くなりませんでした。

副産物的に頭痛からめまいや立ち眩みもするようになり、お風呂に入るのも大変でした。 小説は読めましたが、長時間読み続けるのは出来ませんでした。

そして、気が付いたら実家に帰って10年近くが経過していました。もう治療を諦めていました。


割と暗い気分で生活していました。 納得のいく選択を自分で出来ない、出来なかった、というストレスがあり、何にもぶつけようも無かったです。そんな時に、知り合いの紹介で赤ひげ整体院を知りました。

整体と頭痛は関係ないだろうし今更何をやっても無駄だろうと諦めていて、 そんなに乗り気では無かったのですが、友人から勧められたのもあり、とりあえず施術を受けてみました。一回受けて魔法の様に完治!とはなりませんでしたが、少しずつ症状が改善しました。

時間はかかりましたが、最終的には頭痛は無くなりました。 頭が痛くない、と気が付くのにも半年ほどかかりました。

気が付けば30年ほどずっと頭が痛かったので、頭が痛くない、という事実が信じられませんでした。 今までも1日くらいは頭痛が少ない日もありましたが、次の日になればまた元通りなので ほぼ毎日あったものが、無くなるというのは実感が湧きませんでした。

そして頭痛が治り、社会に参加できる未来など全く想像していませんでした。 正直頭痛が無い状態が長く続くというのも信じられず、しばらくは構えて生きていました。 どうせまた痛くなるだろう、と。

これは頭痛がしないな、と解ってからは、これから何をしようと考えました。そこで、この世で自分の様な境遇の人を減らせるならと考え、整体師を志しました。

ですが、自分のような境遇の人に知り合うのも難しく、まずは自分の腕を上げていくことにしました。 無料で整体の練習をさせて頂くモニターさんを募集しました。

偶然にもモニターさん達の症状が頭痛や不眠症、などの悩みを持つ方が多く、頭痛薬が減った、朝起きた時の頭痛が減っている、などのまさに自分がやりたかった方向性のことを今出来ています。

あるモニターさんは、頭痛があるが、医者も整体もダメでひたすら我慢して生きている。ここの優しい整体ならと紹介された方もかなり頭痛が軽減されたとのことです。

その後、赤ひげ整体院で整体師プロコースを卒業し、開業いたしました。